僕は迷っていた。
間近に迫ったバレンタインの贈り物を何にしようか、と。
お菓子会社の陰謀に乗じて、手作りのチョコレートをあげようか?
いや。料理が苦手な僕の作ったチョコレートが、星史郎さんの口に合うとは思えない。
星史郎さんのことだから、不味くたってそんなこと表情にも出さずに食べてくれるだろうけど。
ショーウィンドウに並べられた、宝石の様な高級チョコレートをあげようかとも考えたけれど、女の人達があんなに躍起になってチョコレートを選んでいる中に、男一人で乗り込む度胸なんて僕には無かった。
(随分昔にお祓いした、シャネルのスーツに宿った女性の生霊にも似た力を、あの空間に感じるんだけど…気のせいだろうか?)
そう考えると矢っ張り、物をプレゼントするのが妥当なんだろうけれど、なかなかこれという物が見当たらなかった。

そうこうしているうちに、あっという間にバレンタインになってしまった訳で。
僕は思い切って「バレンタインのプレゼント…決まらなかったんです、ごめんなさい」と切り出した。
「星史郎さんは、何が欲しいですか?」
聞くと、星史郎さんは少しびっくりした様な顔をしてから、にっこり笑って「昴流くん」と答えた。
返答に窮して僕の口からやっと出たのは、
「いつも見ている僕なんかじゃ、プレゼントにもならないでしょう」という言葉だった。
(もっと気の利いた台詞が言えないものかと、いつも思う…)
「ですから、『バレンタイン仕様・昴流君』をプレゼントして下さるんですよね?」
「…は、」
戸惑う僕を尻目に、星史郎さんは眼鏡を外しながら言った。
「プレゼントになる位ですから、さぞかし特別なんですよね?」
そんな低い声で言われたって、期待に答えられるかなんて分かりません、と素っ気無く答えるのが精一杯だった。



*  *  *



〜その頃都庁下の彼らは・1〜

「遊人さん」
颯姫は、前を歩く遊人の姿を見つけて駆け寄った。
その手の中にはチョコレート。
彼女の愛機・ビーストをこれでもかと駆使し、遊人の味覚・嗜好・趣味等々全ての項目から割り出して用意した、まさしく『最高のバレンタインチョコ』である。
ラッピングだって勿論完璧だ。
遊人の視力、趣味、深層心理等々の項目から割り出し(以下略)
「あれ、颯姫ちゃん」
難儀そうに振り返った遊人の両手には、抱え切れないほどの小包の数々。
「…遊人さん、それ、」
むせ返るような甘ったるい匂いが伝わって、中身は聞かないでも分かる。
「ああ、これですか?職場の皆さんに頂いたんですよ」
よっこらせ、という風に、遊人は手にした大荷物を持ち直す。
「……」
「…で、僕に何か用ですか?」
「いえ、」
胃もたれと虫歯には注意してください、とだけ言って、颯姫はその場を後にした。



*  *  *



〜その頃都庁下の彼らは・2〜

「あら、遊人」
廊下の向こうから、庚が声を掛けた。
「いいもの持ってるじゃないの」
そう言って、目線を遊人の大荷物に向ける。
「職場の人達に貰ったんですよ。中には、わざわざ区役所までチョコを持って来る一般の方もいましたけど」
「そんなコト、姉さんの夢を覗いて三ヶ月も前から知ってるわよ」
じろじろと嘗め回す様に荷物を見ながら庚は言う。
「…庚さん、」
「なあに」
「い、いりますか…?」
遊人は手にした荷物に目をやりながら言った。
「あら、そうね…どうしても食べきれないって言うなら、この私が貰ってあげてもいいわ」
「…お願いします…」
それを聞くなり庚は、遊人から荷物を奪い、選別を始めた。
「…そうね、これと、これと…あと、これも頂こうかしら」
手当たり次第、とでもいうように庚はチョコを選ぶと、
「じゃ、また後でね」
とエレベーターの方へと去っていった。

その後姿を見つめながら、
「ゴディバにレダラッハ、ヴィタメール、デメル…見事に高級チョコだけ持って行きましたねえ」
と遊人が言ったとか、言わないとか。



*  *  *



〜その頃都庁下の彼らは・3〜

「都知事、遅くなりましたがバレンタインのチョコですわ」
都知事と呼ばれた男性は、照れながら庚からチョコを受け取った。
「副知事には、こちらを」
そうして、庚は順々に目の前の背広の男性達にチョコを手渡す。
「いやー庚さん、わざわざ悪いね」
「これって、日本じゃ青山店にしか無いんじゃないかね?」
「高かったでしょう」

口々に言われる謝礼の言葉に、にっこり笑って庚は言った。
「いいえ、普段お世話になってることを考えたら、こんなの安いモノですわ」




バレンタイン仕様拍手小噺(06/02/14)




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